人工内耳

新しい人工内耳|人工聴覚上皮「HIBIKI」とは?その特徴やしくみについて

こんにちは、KIKOE LIFEです。

2019年6月15日に京都で開かれたセミナー「聴覚補償研究会」において、「聴覚補償の到達点と展望-人工聴覚器の過去・現在・未来」というテーマで、伊藤壽一医師(滋賀県立総合病院 研究所)による講演が行われました。その講演の中で、これまでの人工内耳とは全く異なる新型の人工内耳=人工聴覚上皮「HIBIKI」が紹介されました。現在はまだ研究段階ですが、近い将来、実用化に向けて開発が進められているとのことでした。今回は、この人工聴覚上皮「HIBIKI」についてお伝えしたいと思います。

機器上の課題

現在、一般的に使用されている補聴機器にはいくつかの課題点がありました。

補聴器

・あくまで音を拡大する機器

・語音明瞭度(ことばを聞き分ける力)が低下していると効果が得にくい場合がある。

・わずらわしいなど、装用者の満足度が低い

人工内耳

・体外装置が必要

・体内装置が大きい

・電源(電池)が必要

・手術創部が大きく侵襲性が高い

これまで、補聴器では効果が得にくい高度、重度難聴者に対し人工内耳が用いられてきました。しかし、人工内耳は音を電気信号に変換する体外装置、側頭骨(頭蓋骨)に埋め込む体内装置、聴神経を直接刺激するための電極、これら機器を駆動させるための電源(電池)が必要で、手術による侵襲性も大きいという課題がありました。

これら機器上の課題を解決し、中等度難聴から重度難聴に至るまで適応可能な新しい治療方法として開発されたのがHIBIKIです。

HIBIKIとは

研究開発チーム

●リーダー:滋賀県立総合病院研究所の伊藤壽一医師

●共同機関:京セラメディカル(株)、京都大学医学研究科、京都大学工学研究科、大阪大学基礎工学研究科

HIBIKIの特徴

HIBIKIの主な特徴は☟の通りです。

・体外装置が不要

・体内装置が不要

・電源(電池)が不要

なぜこられのことが可能になったかというと、HIBIKIは従来の人工内耳とは違う全く新しい原理によって開発されたからです。

HIBIKIの仕組み

蝸牛は、複雑な音を周波数ごとに分析し、物理的な振動を電気信号に変換して聴神経に情報を送るという働きをしています。HIBIKIはこの蝸牛の働きを再現できる機器です。まずは、蝸牛がどんな働きをするのかを詳しくみてみましょう。

蝸牛の働き

①音(空気の振動)が鼓膜→耳小骨→蝸牛へと伝わると、蝸牛内のリンパ液が振動する。

②リンパ液の振動により、蝸牛内にある基底板が振動する。

③基底板上の有毛細胞も振動し、音の振動を電気信号へと変換し、聴神経に送る。

蝸牛の働きをわかりやすく模式化したのが☟の動画です。

かたつむりのような形をしているのが蝸牛です。ビローンと直線状にのばされたのが蝸牛にある基底板です。低音や高音など、入ってくる音の高さに応じて、基底版の振動する部位が異なります。蝸牛の入り口付近は高い音に、てっぺん付近は低い音に対応しています。

有毛細胞は様々な原因によって障害を受けますが、基底板は蝸牛の骨化などがないかぎり、その働きはある程度維持されるといわれています。この基底板の働きを応用したのが人工聴覚上皮HIBIKIです。

HIBIKIのデバイスは☟のような形をしています。

平成22年度頃のデバイス(引用元:https://www.amed.go.jp/pr/2016_seikasyu_01-12.html)
平成30年度以降の大きさ(引用元:https://www.jstage.jst.go.jp/article/otoljpn/27/5/27_671/_pdf/-char/ja)

平成22年ごろのデバイスと比較すると格段に小さくなっています(米粒より小さい)また、現行の人工内耳と比べてみてもいかに小さいかがわかります。

HIBIKIの作用機序

HIBIKIがどのように作用するかは☟の通りです。

①HIBIKIデバイスを蝸牛内に埋め込み、基底板の振動が伝わるように設置する。

引用元:http://toppatu.com/sikumi_kagyuuoto.html

②音が蝸牛に伝わると基底板が振動し、それに伴いHIBIKIデバイスが振動する。

③振動したHIBIKIデバイスは電気信号を発生してラセン神経節細胞を刺激し、音の情報を脳へと伝える。

振動を電気信号に変換するため、HIBIKIには圧電素材が用いられています。膜状の圧電素材に力が加わると、圧電素材は歪んで電気を発生します。HIBIKIに圧電素材を用いることで、基底板の振動と同期したHIBIKIデバイスの振動により電気信号が発生し、ラセン神経節を刺激することが可能になりました。

HIBIKIデバイスは、圧電素材の特性から、特に高音域の聴力を改善する特徴を持つそうです。

どれくらいまで研究は進んでいるか

有毛細胞が障害されたモルモットの蝸牛にHIBIKIデバイスを埋め込み、耳小骨から伝わる音刺激により振動し、発電するかどうかの実験が行われました。結果は、音刺激がない時は発電せず、音刺激を加えると発電することが実証されました。また、音の高さや強弱によって、圧電素材が発電する部位や発電量も変化することが示されたそうです。

しかし、ラセン神経節細胞を刺激するためには、1V(=1000000μV)近くの電圧が必要となるそうですが、現段階ではそこまでの発電量は得られていないそうです。今後は、臨床応用に向けて、発電力増加や、長期埋め込みでの安全性検証、手術方法の検討などに取り組んでいくとのことです。

さいごに

人工内耳や補聴器の見た目が気になったり、装用感がわずらわしかったり、電池やその他アクセサリーなどの購入費用がかさむなど、現行の機器に対する不満や課題を感じている方も多いと思います。完全埋め込み型で電池不要のHIBKIが将来的に認可されれば、現行の機種では装用を躊躇していた方にも新しい選択肢が広がる可能性があります。

ただ一方で、HIBIKIを使用したとしても、難聴が完全に治るわけではありません。補聴器や人工内耳と違い、見た目で補聴機器の使用がわからなくなる分、きこえにくいということを周囲に理解してもらいにくくなるのでは…という懸念もあります。補聴機器の技術の発展とともに、きこえにくさそのものに対する社会的理解の促進や合理的配慮の浸透に向けた取り組みも、両軸で進めていく必要があると強く感じます。