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理解と配慮|難聴者が働きやすい職場環境をどう実現するか

こんにちは、KIKOE LIFEです。

2016年、全日本ろうあ連盟は聴覚障害者がどのような場面や状況で差別を受けたかについてアンケート調査を行い、その結果を「聴覚障害者への合理的配慮とは?差別事例分析結果報告書」にまとめました。

この調査によると、アンケート回答者811名のうち、差別経験があると回答したのは708名(87.4%)で、中でも「就労」場面で差別を受けた割合が最も高いという結果でした。

「聴覚障害者への合理的配慮とは?差別事例分析結果報告書」より引用

今回は、働きやすい職場環境を実現するために、どのような工夫や配慮ができるのかについて考えてみました。

どのような場面で困るか

就労場面で受けた差別事例

下図は、就労場面においてどのような差別を受けたかを表したグラフです。(「聴覚障害者への合理的配慮とは?差別事例分析結果報告書」より引用)

回答者数289名(複数回答可)

「不快な対応・非協力的態度」「情報保障がない、または不十分」「コミュニケーション上の配慮不足」に関する差別が多いことがわかります。各項目における具体的な差別内容は下記の通りです。

困り感が生じやすい場面とは

「差別とまでは感じなくても職場でどのような場面で困るか」について、これまで検査相談場面で出会った難聴者から伺った声の一例は下記の通りです。

◆「はっきりゆっくり話して欲しいとは伝えているが、早口やボソボソ声で話す人が多くて聞き取りにくい」

「電話で何度聞きなおしてもわからないことがあり、相手が不機嫌になることも多い。電話が鳴るのが怖い」

「会議の内容がわかりにくく、意見を求められてもズレたことを言ってしまい、情けない気持ちになる」

◆「雑談の内容がわからず疎外感を感じる。休憩時間が辛い」

◆「マスクで口の動きが見えず、話の内容が余計わかりにくい」

◆「口頭で指示されても理解しにくい。何度も聞き返すと嫌な顔をされる」

また、一般社団法人アクセシビリティ・コンソーシアムが2020年2月に行ったセミナー「聴覚障害のある社員が本当に分かってほしいことは?!」で、仕事をしていく上での課題について参加者から出た意見は下記の通りです。(https://www.j-ace.net/2020/03/10/20200207/より引用)

◆「会議では、ディスカッションになかなか入っていけない。結果だけを知らされる。それがどう決定したかそのプロセスを知ることができない」

◆「会議で複数の人が同時に発言してしまうと音声認識ツールに反映されず、内容が分からなくなる」

◆「様々な支援機器があり、職場で提供されるが、それを利用するための配慮の教育や研修が同僚や上司に対して実施されていない」

◆「音声認識ソフトは誤変換もあり、話者が早口になると認識ができない。ゆっくり話してとお願いし、最初の内はゆっくり話してくれるが途中から結局早口になりついていけなくなる」

◆「会議で同僚には聞き返せても、幹部や役員には何回も聞きづらい」

◆「メールで返信をお願いしても、電話がかかってきて対応に苦慮することがある」

◆「紙に書いてとお願いしても面倒くさがられる、また字が判読できないことも」

◆「飲み会では、多くの人が一斉に会話をするので聞き取れず孤立感を味わってしまう」

職場で利用できる工夫や配慮とは

難聴者が職場で感じる困り感を少しでも軽減するために、どのような配慮や取り組みができるかについてまとめてみました。

まずは自身のきこえについて正しく理解する

普段検査相談を行っていると、自分の聴力レベルや語音明瞭度について知らない難聴者は意外と多くいます。でも、自身が正しい理解をしていないと、難聴について他者がわかるように説明するのはとても難しいことです。まずは、自分の聞こえの状態について正しく理解しておくことが大切です。聴力検査の見方や難聴のタイプ・程度などについては下記を参考にしてくださいね☟

きこえの状態や必要な配慮について伝える

難聴は外見からではわかりにくいため、どんな聞こえ方なのか、どんなことで困るのかということは聴者にはなかなか想像しにくいものです。そのため、「難聴があります。配慮してください」と伝えるだけでは、どう配慮したらいいのか相手にはわからない場合が多々あります。自身の聞こえの状態どんな場面で困るのかどんな配慮をのぞむのかなど具体的に伝えることが大切になります。

それらを伝えるにあたり、下記のような自分の聞こえについて説明する用紙を作っておくと、就活時はもちろん、入社後も上司や同僚に説明しやすいと思います。

どんな配慮が必要なのか、どのように伝えるかなど、大学の学生支援担当者に相談したり、場合によっては就労支援を行う施設を利用しながら整理していく方法もあります。

職場で活用できる機器

最近は、音声認識をはじめ様々な聞こえを支援する機器がどんどん発展しています。手軽に使えるものも多いので、状況や場面に応じて活用してみてください。

音声認識を活用する

◆Googleの「音声文字変換」

音声を文字に変換するだけではなく、単語の事前登録や、指定した単語・名前が発話された際にバイブレーションで通知を受ける機能も追加されました。(※androidのみ対応、iPhoneやiPadでは使用できません)

◆UDトーク

Zoomの字幕機能にUDトークの音声認識結果を表示できるようになりました。iOS、androidともに使用可能です。

「音声文字変換」や「UDトーク」を利用して、遠方の話者の声を文字変換する方法はコチラです☟

◆Googleドキュメント

リアルタイムで複数人で同時編集ができるので議事録作成にとても便利です。オンライン会議でも活用できます。

◆captiOnline

オンライン会議やセミナーなどで文字通訳を行う際に有効です。音声認識による誤変換の修正もしやすいです。

◆音声認識結果をWebカメラ映像に重ねて表示させる

誤変換の修正はできませんが、下記のURLにアクセスするだけなのでとても簡単に利用できて便利です。

音声認識を会議などの場面で文字情報として活用する場合は、当事者だけに文字情報の画面が見えるようにするのではなく、プロジェクターで投影したり画面共有するなど全員が見えるようにすることで、はっきり話す一人ずつ話す氏名を言ってから発言する誤変換の場合は修正するなどのルールを統一しやすくなると思います。

電話での聞き取りを助ける

◆電話の声を文字化する

◆テレアンプIII(自立コム)

電話機本体と受話器の間に接続することで受話音量をあげることができます。(商品ホームページ:http://www.jiritsu.com/products/detail.php?id=79&group=C

◆補聴器を使っておられる方は、職場の固定電話の音声を中継器を介して直接補聴器に送る機器もあります。関心のある方は一度補聴器店で試してみてくださいね。

制度を利用する

◆電話リレーサービス

2020年6月、「聴覚障害者等による電話の利用の円滑化に関する法律案」が可決され、電話リレーサービスを公共サービスとして24時間利用することができるようになります。

◆手話通訳、要約筆記

手話通訳者や要約筆記者を派遣できる利用条件が市区町村によって異なるので、まずはお住いの役所や聴覚障害者情報提供施設で相談してみてくださいね。

聴覚障害者情報提供施設一覧:http://www.zencho.or.jp/link

会社側ができる工夫

当事者だけに努力を強いるのではなく、会社側も当事者が相談しやすい体制を整えたり、モチベーションを保ちながら働ける環境を作ることが大切です。

理解促進に向けた社内研修を行う

難聴やコミュニケーション手段について、社内全体で理解しあえる環境を構築していくことが大切です。

キャノン株式会社「障害者等とのコミュニケーション促進に向けた社員研修の実施」

本社及びグループ会社の社員を対象に、聴覚障害者とのコミュニケーションに関する集合研修とe-ラーニング研修を2004年から実施ししています。集合研修では、聴覚障害のある社員と交流したり、手話講習や疑似体験を取り入れ、聞こえないという状況を聴者が深く理解できるよう工夫しています。また、障害者やLGBTに対する理解を深めるための当事者による講演会を社員対象に実施しています。

スミセイハーモニー「合理的配慮の取り組み」

毎朝朝礼で各グループに分かれて5分間の手話学習に取り組んでいます。また、社内における手話の浸透を目的として、聴覚障害のメンバーが講師となり、手話の基礎勉強会や手話検定受験に向けた勉強会を実施しています。さらに、全従業員にiPadが貸与され、日常的にUDトークを利用することができます。

スキルアップのための外部研修の機会を設ける

手話通訳や要約筆記などの情報保障をきちんと利用したうえで研修に参加できる体制を整えることが大切です。

ハード面を整備する

産学官の連携を強化する

就業に伴う困難を軽減するために、大学、企業、施設が連携しながら学生に対する支援体制を拡充していくことが望まれます障害者支援のあり方に関する調査研究 報告書より引用)

◆障害学生の支援 ~名古屋大学学生支援センターの事例~
近年名古屋大学では障害について開示する学生が増えているが、大学入学後に精神障害や発達障害の判定を受ける学生もおり、障害の診断、受容、開示時期は学生により多種多様である。
また、本人が障害や困難さに気づいておらず、支援要請のない学生に対する支援は難しい場合が多く、大学教員に対する理解促進には努めているものの、ゼミ等で教員と密に関わるようになる大学3年次以降でないと気付かれないことも多い。就職活動中や、卒業後に就職相談に来る障害学生もいるが、短期間で就職の支援を行うことは難しく、より早期の段階で支援を開始することが重要となる。
また、大学では、障害者手帳の有無に関わらず、障害の傾向が強く、修学上の困難がある場合は大学や教員からの合理的配慮を受けられるが、就職する際には「障害者枠」ではなく「一般枠」で就職することも多いため、十分な配慮を受けられないまま就職せざるを得ない場合も多い。この背景には、大学卒業時までの学びや経験を活かすことのできる仕事が「障害者枠」では見つからないといった事情もある。また、企業側も精神障害者や発達障害者を受け入れた経験が少ない場合が多く、就職に繋げるのみでなく、就職後の学生や企業等への継続的な支援
も大きな課題である。
名古屋大学学生支援センター(以下、「センター」という)では、困難度が高いと判断される障害学生等に対し、修学や就職に向けた支援を行っている。その一環として、障害学生が仕事の経験を通じて得手不得手などに関する自己理解を深めることを目的とした、学内就労支援プログラムを実施している。同プログラムは、学内で支援者がおり、失敗が保証されている環境下で、障害学生が多様な仕事を経験できるものとなっている。
こうした障害学生に対する学内就労支援を通して、就労に関する自己理解促進、自尊感情や自己効力感の向上、勤労意欲の向上などに効果を上げている。プログラムに参加した学生からのコメントとして、「失敗してもよいことと支援者がいつでもいるので安心して参加できた」、「初めて会った学生と就職や一人暮らしなどの話ができてよかった」、「適切な休憩をとれば、働くことができるとわかった」等の評価を得ており、センターでは、今後もこの取り組みを広げていきたいと考えている。
これらの取組に加え、3か月に1回のペースで中部地区の企業を集め、障害学生の実態や支援情報の共有、企業側における障害者就労に関する情報交換を行うなど産学官連携での取組も行っている。加えて、年の 2 回のペースで中部地区の障害学生就労支援に関わる企業・大学・官民就労移行支援機関が一同に集まり地域での支援力向上を目指して研修を開催している。就労支援プログラムの取組も企業に積極的に紹介しており、学生の支援と並行して、企業側の理解促進と地域連携にも引き続き重点的に取り組む予定である。

さいごに

難聴者に対する理解や配慮は、教育場面だけではなく、就業場面でも継続してとても重要なものになります。聞こえにくさがあっても働きやすい職場環境を実現できるように、様々な取り組みを行う企業や施設などの情報を今後もどんどんお伝えできたらと思っています。