聴覚障害者の就労を支える|大阪ろう難聴就労支援センターの取り組み
今回は、ろう者・難聴者の就労支援に特化した施設「大阪ろう難聴就労支援センター」(大阪市中央区)を取材させていただきました。全国的に見ても、聴覚障害者に特化した就労支援施設が少ない中、開設から2年が経過した同センターでの取り組みの現状や課題、今後の展望についてお話をお聞きしました。
センターについて
今回お話をお伺いした理事長の前田浩さんは自身も聴覚障害者であり、長年大阪市内の聴覚支援学校で教員を務めてこられました。
ーー設立のきっかけは?
前田:1つ目は、関西エリアでろう者や難聴者に特化した就労支援センターがなかったからです。B型の作業所はありますが、自分は「仕事に入る」ということに絞って、会社など実社会に送り出すためのつなぎの場所を作りたかったのです。
2つ目は、ろう学校で色々な生徒さんと関わってきて、卒業後も何かと相談を受けることが多いです。例えば、「学校で教えてくれなかったことが色々ある」と、卒業後に言ってきます。敬語のこととか、日本の企業文化のこととか。日本の企業はウチとソトで言い方を分ける社会ですね。例えば社長といえども、自社以外の会社員には「社長の前田は…」と、呼び捨てで言うわけです。実際に就職してみて、そのあたりを初めて知らされた、なぜ教えてくれなかったのかと卒業生から指摘されたこともあります。学校にいた時は、ろう文化や日本と外国の言語や文化の違いまで、自分の考えも及んでいなかったし、教える必要があったんだなというあたり、自分の中で忸怩たる思いがあったのですが、それが2つ目の動機です。
ーースタッフの人数は?
前田:現在、常勤が6人(ろう者3人、聴者3人)とアルバイト2人の計8人がいます。
ーー利用者数は?
前田:登録者の人数は24人で、常時来られている方が毎日15人くらいです。
ーー利用者の年齢は?
前田:基本的に18歳~65歳まで利用できます。今来られているのは、50代は3人います。ほとんどは20代で、大学生も4~5人来られています。
ーー利用できる条件は?
前田:これまで来られた方はすべて聴覚障害の手帳をお持ちの方でした。ただ、聴覚の手帳がなくても何らかの障害者手帳(身体、精神、療育)を持っている方で聴覚に障害がある方なら利用してもらえます。本来なら、手帳に達していない方でもサービスが受けられることが一番いいなぁとは思います。お住まいは、通える範囲であればどこでもOKです。京都や奈良からも来られています。
ーー個人負担は?
前田:前年度の所得に応じて決まるので、1ヶ月1万円ほどかかる方もおられますが、ほとんどが無料でご利用いただいています。
ーーカリキュラムは?
前田:1週間のプログラムが決まっています。利用者さんと個別面談をしながら個人の課題に応じたトレーニングプログラムを作成しまして、それに沿って訓練を進めています。終礼後の自由タイムは、聴覚障害者の小さなコミュニティの場として、情報交換やおしゃべりなど自由に使ってもらっています。
トレーニング場面の様子
取材時はちょうどコミュニケーショントレーニングが行われていました。
手話で学ぶ
同センターのコミュニケーションは手話を中心に行われます。この日講師を務めていた職員も聴覚障害者です。
約1年前から同センターを利用しているAさんは、ここに来て初めて手話に出会ったそうです。今では自分の考えや思いを手話で堂々と伝えられるようになっています。
実践的なトレーニングを行う
この日最初のトレーニングは、メモをとるスキルを高める訓練です。「ろう者や難聴者は、手話や表情、口の動きなどを見ながら話を聞くため、聞きながらメモを取ることが難しいです。前を見ながらいかに簡単に5W1Hをメモできるかどうかが就労場面では大事になってくる」と前田理事長は話します。
続いて行われたのは、職場でのコミュニケーションスキルの向上を目的としたJST(Job related Skills Training=職場対人技能訓練)です。
就労場面で想定される様々なテーマについて、グループでそれぞれの考えを出し合います。
同センターで行うコミュニケーショントレーニングについて前田理事長は、「できるだけグループで話し合いながら進めるようにしています。自分の意見を言うのも大事ですが、他の人の意見も聞きながら、その中で一つのコンセンサスを作っていく。これが苦手なろう者・難聴者が多いように感じます。どっちかが正しくて、どっちかが間違っている、となりがちで、両者の中間がないのですね。白黒をはっきりさせることはわかりやすくはなりますが、あいまいな部分も大事にしていく視点も必要です。お互いに意見を出し合い、調整しあいながら合意事項を作るスキルが大事ですし、職場でもそのようなスキルが求められます」と話します。
利用者の声
今年の6月から同センターを利用しているBさんにセンターの感想を聞いてみました。
ーー利用し始めて感想は?
楽しいです。勉強もできるし知ってる友達もいてコミュニケーションもできて楽しい。
ーー通い始めて変わったことは?
もともと家族とのコミュニケーションが、ズレだったり溝があったんですが、ここに来て、岡本さんが母と私の間に入ってくれて、母との関係が少し良くなったと思います。趣味とか一緒の時間が増えました。
ーー就職にあたり不安なことは?
前に1度仕事をしていたんです。聴覚障害の理解というか、私のように声を出して話せる難聴の人を理解してもらいにくかったです。「声が出せる=聞こえているでしょ=理解できてるでしょ」となる。そういう思い込みが会社の中にあるので、そこが心配だなと思います。
そのような不安を少しでも解消するために、Bさんが自分で作ったトリセツを見せてくれました。同センターでは、訓練の1つとして自分のトリセツを作る時間を設けているそうです。
聴覚障害者の就労を取り巻く課題
パソコン技能やコミュニケーションスキルの訓練だけではなく、利用者1人1人の生活背景に寄り添った細やかな支援を行う同センター。聴覚障害者の教育、生活、就労と深い関わりを持ってきた理事長に、聴覚障害者の就労を取り巻く課題について聞いてみました。
ーー聴覚障害者の就労支援について感じる課題は?
前田:「聴覚障害者の特性は何ですか?」とよく聞かれます。聞こえるお母さん方や、聴覚支援学校での勉強会などで、いつもお話しするのは、自分のことをうまく説明できないろう・難聴の人が多いことです。「聞こえない」「聞こえにくい」ことは言えても、「だからこれをしていただいたら助かります」「そうすれば自分もこういうことができるようになります」と説明する力が弱いように思います。説明が不十分だから、まわりの理解がなかなか得られない中で、多くの聴覚障害者がもがいているという現実があります。
情報を得るための保障は、もちろんすべての前提になりますが、それだけでは受け身になってしまいます。ろう・難聴はわかりにくい障害です。聞こえにくいというのはどういうことかをスパッと説明できない。聞こえ方も人様々で、個人差があまりにもありすぎて、聴覚障害についてひっくるめて説明できない。誰かが何かをしてくれるのを待つのではなく、1人1人が自分が求める配慮を、「これなら自分にもお手伝いできる」と思わせるような説明の力をつけないといけない。そのあたりが職場定着への重要なカギになると見ています。
例えば補聴器について、メガネみたいに付けることでくっきりとした補聴効果が得られるわけではないということをなかなか説明するのは難しい。私も補聴器をしていますが、音は入るけれど言葉の識別はできないです。入るのは女性の高い声だけ。男性歌手のフランク永井や森進一みたいな声も聞きたくても、全然入らないです。でも、「それは、説明してもわからないだろう」と諦めるのではなくて、例えばトリセツを作り、職場で使いながら少しでもわかるきっかけを作っていこうという主体性を持てるようになってもらいたいと思います。自分のことがわからないのに、自分について説明できるわけがないですね。まず自分を見つめ、理解し、説明しながら相手のこともわかっていく中で、関係性が成り立っていくのです。
聴覚障害者を多く雇っている会社の場合は、様々な聴覚障害者に対応してきているので、ろう者・難聴者の多様性はある程度はわかってもらえるけれど、聴覚障害者が1人、2人しかいない会社だと、もし一方がかなり聞こえる人であれば、「なんでもう一方はこんなに話が通じないのか?」と思われたりするわけです。ですので、本人が自分で説明できるような力が必要になってきます。それは、「発信する力」と言い換えることができます。今までは、情報保障とかどうやって視覚的に支援していくかという考えが強かったが、それだけでは難しいと思います。人間関係を作ろうと思ったら、逆に自分から働きかける、仲間を作っていく、自分のことだけでなく、他の人のことも自分から理解していこうというキャパシティがカギになると思います。
ーー学校ではそういう力は養いにくい?
前田:聴覚支援学校には、子どもたちに日本語をきちんと教えていくという大きな使命があります。基礎学力も身につけさせたいし、いろいろと教えても教え足りない部分が出てしまうのですが、そうした中で、キャリア教育や気持ちを育てるあたりがどこか不十分になってしまっているという反省はあると思います。
ーー職場側に求めることは?
前田:1人1人の聴覚障害者の求めるニーズに耳を傾け、職場環境に反映させつつある会社が、実際いくつか出現しています。今後そういう会社が増えてくることで、聴覚障害者がより働きやすい環境とはどういうものか、その辺の理解状況も広がっていきます。私たちセンターの役割は、色んな会社に対して発信していくことです。まだできたばかりなので、大それたことは言えませんが、ろう者・難聴者1人1人がなかなか言いにくいことを、センターとして色んな事例を整理しながら少しずつ発信していきたいと思っています。
ーー今後の展望は?
前田:1つはハローワークや障害者就業・生活支援センターなど色んな機関とのネットワークを構築しつつあるので、それをもっと拡げていきたいと考えます。色んな形での連携によってお互いに学び合いのあるネットワークを作りたいというのがあります。
あと、難聴者に対するサービスのあり方を学んでいく必要があります。私事ですが、かなりの難聴の姉が2人いて、2番目の姉は両耳平均85㏈位でして、聞き間違いも多いが、電話もとります。難聴者協会で手話の勉強に時々通っていましたが、その姉が「自分がもう少し若かったら、大阪ろう就労支援センターに来て、手話とか色んなろう・難聴の方に出会いたかった」と言うのですね。私たちとしても、そういう方々のニーズをもっと掘り起こしていく必要があると思っています。
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