インタビュー

APD(聴覚情報処理障害)だとわかって拡がった世界|当事者の”声”から社会を変えていきたい

kikoelife

今回は、近畿APD/LiD当事者会の代表である渡邉歓忠(わたなべよしただ)さんにお話をお聞きしました。APDとは聴覚情報処理障害のことで、音は聞こえているにもかかわらず、言葉が聞き取りにくい症状をさします。

聞こえにくさに伴う様々な困難や挫折を自分のせいだと責めて生きてきた渡邉さんは、2年前にAPDだと判明しました。その際APDの専門家から「あなたのせいではない。あなたは悪くない」と言われ、初めて大きな安堵感を得られたそうです。そんな渡邉さんは今、当事者会の活動を通して、年に150人以上の当事者と関わっておられます。これまでの歩みの中で渡邉さんが感じてきた、APDと共に生きるということについてお話をお聞きしました。

APDだとわかって感じた安堵感

――聞こえにくさを最初に感じたのは何歳頃ですか?

渡邉違和感を最初に感じたのは中学生の頃です。「他の人と何か違うみたいな気がするけど何やろうな」って。ただその時は、どう聞こえにくいのかとか特に考えたりはしませんでした。はっきりと「これはおかしいな」って思ったのは5~6年前からです。

――聞こえにくさをはっきり自覚するようになったきっかけはあったのですか?

渡邉僕はクリスチャンで教会に毎週2、3回通ってたんですけど、同じ環境なのに話してる人によって、メモをとれる人と全くとれない人がいたんです。ちゃんと気合いを入れて聞こうと思っても、ある特定の人の話だけ指の間から砂が落ちるように情報が抜けていくんです。すごく真面目に話を聞いてるけれど、相手によって頭の中に何も話が残らないケースがあることに気付いたんです。「これはおかしいぞ」と思って周りの人を見ても、周りの人はメモをとれてるんです。僕はどう頑張ってもとれない。「これは多分脳に何か問題があるんやろうな」ってその時気付いたんです。

――APDだとわかったのはいつ頃ですか?

渡邉最初は、話を聞いてる時にすごく眠くなることがあったから睡眠障害を疑って、睡眠外来のある医院を受診したんです。そこで「軽度の睡眠時無呼吸症候群はあるけれど、そんなに日常に支障をきたすほどではない」と言われました。生活指導を受けて、ある程度改善の目処がたったんですが、聞き取りの問題だけは改善しなかったんです。

今度は発達障害を疑って診察を受けました。軽度の自閉症スペクトラムとADHDと言われて薬も飲んでるんですけど、それでもいわゆるグレーゾーンだから、日常生活に甚大な影響が出るほど聞き取れない原因ではないと思ってました。 「何やろう?」って考えながら、一年に一個ずつぐらいのペースで原因を潰していってた時に、たまたま2018年の8月頃にNHKでAPDの報道があったんです。「あ!これや!」って思いました。11月に国際医療福祉大学の小渕千絵先生のクリニックで予約をとってAPDだとわかったんです。

――APDと診断を受けてどう感じましたか?

渡邉一番はホッとしました。APDの人って大体みんな、子どもの頃から「聞き取れないのは不真面目やからや」って言われてる人が多いんです。「あんた聞く気がないやろ」とか「聞く気がないから聞こえへんねん」って言われてて、自分でも「何でこんな不真面目なんやろ」って思ってたんですけど、小渕先生に「あなたのせいじゃない。あなたは何も悪くない」って言われて、生まれて初めてそう言われて、「そうなんや」って思ってホッとしました。

あと、原因がわからないと、対策ってフワフワしたことしかできない。地に足がつかないというか。だから、APDだとわかって対策の方に頭をシフトすることができました。

共感しあえる場づくりを

――近畿APD/LiD当事者会を設立したきっかけは何ですか?

渡邉APDという、非当事者からは分かりにくい症状をわかってくれるコミュニティが欲しいと思ったんです。たまたま当時発達障害について調べていて、書籍の中でも自助グループの果たす役割を強調するような話をよく目にしたのが影響したと思います。

東京では当事者会ができていたので、コネクションを作るのとやり方を見るために東京でやってる交流会に参加したんです。その時、僕会場を間違えて大遅刻して、1時間半くらい遅刻して行ったら、同じタイミングでもう一人来られて、その人が北村さんという方だったんです。大阪から東京の交流会に参加したのはこの二人が初めてで、二人とも同じタイミングで遅刻して同じテーブルに座ったんです。北村さんと話してたら、両方とも同じようなことを考えて参加してて、「 やりましょうか」って(笑)

それで、東京で交流会を主宰している方に相談して、 使っている書類や段取り、会場の取り方とか教えてもらったんです。とりあえず「やってみないとわからない」と思ったので、2019年8月に交流会の場をセッティングしてみたら予想外に反応があって、初回からキャンセル待ちが出るくらいでした。

――これまで、交流会、研修会など多くの催しを行われていますが、参加者の年齢層はどれくらいですか?

渡邉幅広いですね。 大体、下は高校生から上は60代ぐらいまで来られます。最初、30~40代が多かったんですけど、オンラインでやるようになってから大学生や高校生が多いです。コロナが始まってから、参加者の平均年齢がグッと下がりました。オンライン授業が始まったら、先生が何を言ってるかわからない状態になって、色々調べてAPDを知ったという方が多いです。認識精度の高いマイクを使うとか、相手が聞き取りやすい声で話すとか、オンライン授業のレジメの作り方とか、先生側のノウハウが足りていない中でオンライン授業が始まったからかもしれないって感じています。

――これまでに参加者からはどんな声や感想が寄せられましたか?

渡邉全体の感想としては「自分以外でも同じ悩みを抱えてる人がいるとわかってホッとした」っていうのが一番多いです。「コンビニに行くとマスクとビニールカーテンで何を話されてるかわからないよね」って盛り上がったり、小学校や保育園の先生だったら、子ども達から「先生、僕らの言うこと無視する」って言われて、「そうじゃないねんけど聞こえないねん」って話が出て、「わかる!」ってなったり。

「わかる!」って言ってもらえないんですよね、APDの人は。そう言ってもらえる人に初めて出会えるっていうのを一番求めて来られてるんだと思います。

――コロナの影響で、最近は当事者会をオンラインで行われていますが、これまでと比べてどうですか?

渡邉一長一短ですね。どこに住んでいても参加できるというのはオンラインのすごく大きいメリットですけど、突っ込んだ話はオフラインの方ができます。オンラインはある程度段取り通りにしないといけない分、話を脱線しにくいんです。オンラインは話し出すタイミングが難しくて会話の隙間に入りにくいという方も多いです。なので、ファシリテーターの人が話を振って、みんな等分くらいで話せるようにしています。

あと、オンラインでZoomのブレイクアウトルームの機能を使ってるんですが、部屋が完全に分かれてしまうので、他のグループが話してる話題が耳に入ってこないんです。オフラインだと、テーブルを変える時に「さっきあっちのテーブルでこんな疑問が出てましたよ」って、その補足情報を持っていくことができるので、きめ細やかさがオンラインではできないなって感じています。

ただオフラインだと、距離的に近畿圏の人しか来れないので、両方やった方がいいんだろうなとは思っています。

――オンライン下で情報保障(字幕表示)を付け始めたとのことですが、参加者の感想はどうですか?

渡邉参加者の1割くらいから「情報保障が欲しい」という声があります。でも全体に字幕表示すると、ADHDの方から「気が散る」という声がありました。APDの背景要因がみんなバラバラなので、字幕があると聞いている内容まで全く頭に入ってこない人もいるんです。だから今は、全体の画面には出さずに、必要な方だけ手元のスマホで字幕を確認してもらうようにしています。あと、誤変換の修正をすると、どうしても文字が出るまでのタイムラグがあるので、それなら「多少間違っていてもリアルタイムで字幕を見て会話についていける方がいい」という人が多いです。あくまで聞こえてくる内容の補完として文字情報が欲しいので、正確性よりもできるだけタイムラグが少ない方がAPDの人にはいいのかもしれないと感じています。APDの人に特化した支援方法ってどこにも書いてないので、やってみないとわからないことが多いですね。

――当事者会を運営する上でのやりがいや難しさを教えてください。

渡邉参加した人がその後医療機関にかかって、そこの先生にアドバイスをもらったり話を聞いてもらって、その人の生活の質が上がったり、気持ちが楽になったり、だんだん表情が明るくなってきたりするのを見るのが一番のやりがいです。「その人の人生が上向いたんやな」って感じることができるので。

あと、1回来た人が2回目、3回目に来て、他の人の話を聞く側に回ってくれることがあるんです。学生さんでも、何回か来てくれて、他の学生さんの話を聞く側に回ってサポートしてくれる姿を見ると、「あぁ、コミュニティってええな」って思います。お願いしなくてもやってくれるんです。その人も、それまではすごくしんどかったけど、交流会に来て、話を聞いてもらって、すごく気持ちが楽になったから、自分も他の人にそうしたいと思うんかなって感じてます。

難しいなと思うのが、当事者会の主催者同士でも相談してるんですけど、僕らみんな専門家ではないんです。僕らはピアサポートをやろうとしているわけで、カウンセリングではない。 アドバイスするんじゃなくて一緒にお互いのしんどさを聞くというのが主眼なので、そこを越えて他の専門家の領域まで口を出さないようにするんですが、その線引きがなかなか難しいです。

APDを家族にも十分理解されてない、職場にも理解されてない、でも子どもはまだまだお金がかかるみたいな世代の方で、二次障害でもメンタルクリニックに通院している方が来られると、気持ちとしてはすごくその人に肩入れしたいんですけど、それは果たしてピアサポートがやる仕事なのかっていうのはあります。

APDだとわかってすごく追い込まれてる方の人生を、せめて悪化しないように横ばいまでもっていこうって僕らが話を聞くことはできるんですけど、これからはもっと協力できる外部の専門家とのつながりを作って、協力しないといけないなと思っています。まだそこまではできていないんですが…。

――当事者会が最終的な受け皿になっている現状はありますよね。

渡邉仕事でボコボコにやられて、メンタルを病んで、生活保護を受けてなんとか生きてますみたいな人が来られると、話は聞くんです、なんぼでも聞くんですけど、そっから先は僕らではできないんです。福祉だったり、医療につなげられたらいいんですが、APDがまだまだ知られていない状況なので、福祉や行政にどう説明を持っていったらいいのかがまだわからないんです。2019年12月の段階で、厚労省からも「APDを障害として認知していない」と言われてるので、福祉や行政から「厚労省で認められてないので」って断られると、僕らは返す言葉がないんです。

――今後当事者会を行う上での目標を教えてください。

渡邉とにかくAPDの知名度をあげたいです。まず知ってもらわないと誰も配慮もしてくれないので。APDの方って、子どもの頃から色々な経験をしてて、諦めることがすごく早いと感じてます。学生の方が参加された時に、「APDなんですけど、どんな仕事ならできますか?」って聞かれるとやっぱり悲しいですね。たしかに、圧倒的に向いてない職種っていうのはあるのはあるけれど、学生の方には、「まず何がやりたいのか?」から入ってほしい。

ただその学生さん達も、どう頑張ってもできないことをたくさん諦めてきた経験があるのかもしれない。「学校の先生にも、親にも、耳鼻科の先生にも理解されないんですけどどうしたらいいですか」っていう学生さんもいます。片道3時間かけて一人で来てくれた高校生もいます。僕はそういう子の為に何ができるんかなってすごく思います。適正・不適正はあっても、やりたいことを少なくともチャレンジできるような、この業界で仕事がやりたいっていうのを最初から諦めずにすむようになってほしいなと思います。

APD/LiDと共に生きるということ

――現在、APDをどのように受け止めていますか?

渡邉APDについて発信するようになると、APDがあったから知り合った人がいっぱいいます。重度の難聴の方とか、業界の方とか、大学の先生とか。APDがあったから世界が広がった面は僕の場合はあるんです。外国の人とも自動翻訳を介してやり取りもしますし、そういう意味ではおもしろいなぁと感じています。

アメリカ人にもフェイスブックで相談したら、次の日くらいに日本語の文献をすごく調べて送ってくれたり。外国の人が「何かできることない?」って言ってくれるんです。僕元々、大学を卒業してから半分引きこもりだったんです。基本的に人とコミュニケーションをそんなに取りたくないんですよね。でも、そんな人がこんなことをやってるから、おもしろいなぁって。APDだとわからなかったら、たぶん僕ずっとそのままだったと思うので、「APDの診断が出たからこそ出来ることもあるよ」って思います。

――今の気持ちに至るまでには色々な変遷があったんですか?

渡邉そうですね。マジョリティの方ができる能力が自分にはないってわかって、気持ちが落ち着くまでに半年くらいかかりました。診断名がわかってホッとする一方、混乱する気持ちもありました。それまで、まるっきりの健常者だと思って生きてきたので、自分が社会との間に障害を抱えている可能性があるっていうことを全然想定してなかったんです。

でも、その過程で「障害って何なんやろう」って調べるうちに、特性の凸凹があっても、活かせて全然障害になってない人もいたら、小さい症状からくる困難さがすごく大きな障害になってる人もいたり、症状があることと障害があることって別ってわかりました。もし自分に障害があるってわかっていなかったら、僕は調べたり、知ろうとは思わなかった。同じように障害がある人たちと付き合う中で気持ちの整理がついた面もあります。

――APDかもしれないと悩んでいる方に対して伝えたいことを教えてください。

渡邉まず伝えたいことは、「あなたは独りじゃない」ということ。聴力に何か問題があると、どうしても孤独になることが多いです。とにかく「独りじゃない」ということを伝えたい。あと、診てくれる病院がすごく少ないんです。地方はもちろん、名古屋ですらない。だから、言語聴覚士でも、認定補聴器技能者でも、とにかく身近にいる聞こえの専門家に、「自分がこう困っているんです」っていうのをリストにして見せて、自分のしんどさを伝えてほしい。それと並行して、当事者会の人にもコンタクトを取ってほしい。

とにかく、自分一人で抱え込まずに、医療関係の人でも、特別支援の先生でも、僕らでもいいので、誰かに自分が困っていることを詳しく伝えてほしいです。その時に言語化することで、自分が何に困っているのか自分でよくわかるようになると思います。アウトプットすることで、何かが動くと思います。一人で「私が頑張ったら」では上向かないと思うので、誰かとつながってほしいです。

――社会に対して知ってほしいこと、伝えたいことはありますか?

渡邉APDは基本的に自力で改善はできないです。みんな自力でできる工夫はやり尽くして、それでも周りから「やる気がない」と言われて、どうにもならない状況になっている人が多い。二次障害を抱えている人も山ほどいます。だから、「あなたがもうちょっと頑張ったら」と言うのは、その人が諦めて傷つくだけなので、「できるだけのことをやって、それでもどうにもならなくなったから話を持ってきたんだな」っていうのを知ってほしいです。その中で、合理的配慮や環境調整ができると、仕事でも学力でもグッと伸びる人も多いと思うんです。

国によっては、難聴のスクリーニングと同じようにAPDのスクリーニングを子どもの時から行っているところもあります。子ども時代から、その子の感じているバリアを社会の側から低くできると、その子も伸びるし、逆に障害のある人への配慮ができる人が周囲にも増えるし、それは社会をすごく豊かにすることにもつながると思います。配慮する側もそういう経験を通して多様な視点が身につくと思うので、それはお互いにとってWin Winなことだと感じます。

渡邉さん、お忙しい中お話を聞かせていただきありがとうございました!
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